茶庭の竹垣、蹲(つくばい)にある茶人の思想

外露地・中門・竹垣・結界石・つくばい・にじり口

日本庭園で外露地から内露地いくと別世界だ!

庭師「日本庭園の茶庭は、手前が『外露地』、奥が『内露地』になってる」

「2つの外露地と内露地はこんな木の門で分けられてるから!」

織部の頃から日本庭園の茶庭が広くなってきたそうです。それで露地が2つ。

日本庭園の茶庭の「外露地」・「内露地」ができたようです。

 

日本庭園の茶庭の「外露地」と「内露地」を分けるために登場したのが中門と竹垣。

竹垣は、目的や高さやデザインで、よくご存じの四つ目垣、建仁寺垣、龍安寺垣・・等

 

路地を分けていると思う四つ目垣

 

日本庭園の茶庭入る➔待合➔銅鑼(どら)の音➔入る合図➔外露地➔中門

日本庭園の茶庭の進入禁止マーク!

「ストップ、それ以上入れない、印が置いてある」

 

これはなに?

庭師「関守(せきもり)石とか・結界(けっかい)石という」

「丸い座りのいい石にしゅろ縄でしばっているから。

これが、置いてあると、これ以上は侵入禁止」

 

さりげなく、日本庭園の庭の『関守石』or『結界石』がおいてあります。注意!

中門(中潜り)はなんのために?

 

庭師、「ご主人はこの中門で客人を迎えるよ!」

木の門をくぐる感覚、これは第二ステージ、『内露地』へ来た。

 

日本庭園の茶庭の「『つくばい』で清めて『茶室』へいこう!」

さらにディープな茶庭の世界へ

 

入口➔待合➔どら➔外露地➔中門➔内露地➔つくばい

日本庭園の茶庭、「つくばい」には2つの基本形!

「水鉢」が海の端にあると「向う鉢」というそうです ↓

 

「水鉢」が海の中にあると「中鉢」

筧から水が流れてくる → 水鉢に水がたまる →

左が冬にお湯をおく「湯桶石」 → 右が夜のあかりを置く「手燭石」

→ 「前石」でしゃがむ、つくばる → 竹のヒシャクを使って手を清める

 

だそう。

 

庭師「蹲の左から客人がアプローチなら、「手燭石」が「湯桶石」より高く」

「蹲の右からアプローチなら「湯桶石」を「手燭石」より高くするんだ」

 

「でも、流派によっては「湯桶石」か「手燭石」かどちらが高く。と言われるからね」

 

いつの時代も庭師は新しいアイテムを加えているそうで。

蹲をそのひとつ。何でもOKだそうで、アイデア次第!

 

「中鉢だと竜安寺の銭型が一番だね!」

 

日本庭園、にじり口から茶室に入ろう!

庭師「さあ、蹲で清めたら、茶室に入ろう!」

「茶室は玄関でなく『にじり口』から入るよ。狭いからね」

 

どうやって入るのか聞くと

庭師「にじり口、まあ、簡単に言えば、土下座する感じで・・入る」

 

なぜこんなに茶室に入る躙り口が狭いのか聞くと

庭師「侍でも刀は外さないとダメ、将軍も思いっきり頭下げないと入れない」

 

躙り口

 

庭師「茶室の中では平等、利休さんの考えだよ」

「それに、にじり口を境に世界が変わって見えるよ!」

伝説?飛石をめぐる太閤の歩幅

日本庭園にある飛石には庭師のこだわりが

庭師「日本庭園の茶庭の飛び石、適当に据えてない」

確か、飛び石の中心から、次の飛び石の中心まで間隔は決まってました。

庭師「飛び石は工業製品でないよ、自然の石だよ」

だから、飛び石は考えて工夫して据えてるよ」

どんな感じで?

日本庭園|飛び石

庭師「飛石は上と下を見る、大きさも、色も、形も。くせを見ているんだよ」

「そして、飛び石を並べてどこにどの飛び石を使うかイメージを膨らませて頭の中に設計図をつくる」

太閤の歩幅

日本庭園|歩幅

太閤秀吉が、ある茶庭を訪れることが決まり、主人に伝えられたそうです。

そして、この太閤秀吉の来訪が茶庭を施工した庭師たちに伝わってきました。

急いで、庭師たちは茶庭の飛び石を全て掘り起こし、据えなおしたそうです。

日本庭園|太閤の歩幅

秀吉の歩幅を想定したと言われています。

なんとなく、飛び石と飛び石の間隔を狭めたのでは?と思ってしまいます。

でも、今でも飛び石を置いて、客人の歩幅で歩いて庭師が確かめるのは変わらない。

飛び石の中心から次の飛び石の中心までの間隔

飛び石の大きさにもよるでしょうが、

いろいろな飛び石

滑りそう。

飛石は奥が深くて見えないです。

分岐点